2011年02月03日

1911年の年賀状・その1

tutumi.jpg
これは1911年の年賀状を包んでいた包み紙です。

昨年の記事になりますが、2010年11月17日付けの朝日新聞秋田県版に掲載された記事です。
http://mytown.asahi.com/areanews/akita/TKY201011160431.html
このページをいつまで見ることができるのかわかりませんので、本文をここに引用します。
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『100年前の年賀絵はがき、美郷町の民家で発見』

美郷町六郷の民家から、100年前の年賀用絵はがきが見つかった。干支(えと)のイノシシなどがデザインされたカラー刷りで、12枚1組になっている。年賀郵便の取り扱いが始まって10年たち、年賀状が一般的になったころのもの。11月末まで、美郷町六郷の「小西堂」で展示している。

 1911(明治44)年の年賀用絵はがきは、秋田市の小西一三さんの実家で見つかった。秋の初めごろ、妻の由紀子さんが蔵にある古い本棚の引き出しを開けると、白い縦長の包装紙があった。中にはイノシシや富士山、七福神が描かれた絵はがきが入っていた。

 包装紙には1911年のカレンダーが書かれ、「十二枚一組 三十銭」「東京丸の内 報知社代理部発行」「東京芝新堀 日本葉書倶楽部製」と印字されている。由紀子さんは「1911年という年を見て、びっくりした。大胆な表現でユーモアもある。今でも十分、使えると思います」と話す。

 郵政資料館(東京都千代田区)によると、手紙で新年のあいさつをする風習は、平安時代にはすでにあったとみられる。11世紀の学者、藤原明衡(あきひら)の書簡文例集「雲州消息(うんしゅうしょうそく)」に、年始のあいさつが登場する。

 1871(明治4)年、近代郵便がスタートし、2年後には郵便はがきが発行される。明治20年代になって年賀の郵便物が増え始めたため、1899年、前年末に投函(とうかん)して元日に受け取る「年賀特別郵便」のサービスが一部の地域で始まった。私製はがきが認められるようになったのは、翌1900年だ。

 郵政資料館の永嶋里佳学芸員は「絵はがきは日露戦争(1904〜05)のころブームになり、書店や文具店、和紙店などでもつくっていた」と話す。

 1911年は、東京に日本初の洋風劇場である帝国劇場ができ、「元始、女性は太陽であった」という発刊の辞で知られる文芸雑誌「青鞜」が平塚らいてうにより創刊された。海外では、清(中国)で辛亥革命が起き、キュリー夫人がノーベル化学賞を受賞した年でもある。

 2011年用の年賀はがきの販売は今月1日に始まった。年賀郵便の引き受けは、12月15日からになる。

 「小西堂」は土日祝日のみの営業。午前10時から午後4時まで。

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引用終わり。年齢なんかははしょっちゃいましたが。(笑)
というわけで、珍しい年賀ハガキを見つけたのですが、なかなかに美しいハガキたちなので画像を順次ご紹介したいと思います。
まず最初ということで、この12枚をくるんでいた包み紙の画像をアップしてみました。クリックすると大きな画像が見られます。
posted by ゆきこ at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 1911年の年賀状
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