2011年02月18日

1911年の年賀状・その7

1911 6/12

12枚組の年賀状の6枚目です。
白抜きの木々のシルエットは金色で縁取りされています。
そしてバックは鮮やかな金赤。
画面奥から木立の間を走り抜けてくる三頭のいのししは
まるでたらし込みをしたような濃淡のある墨色。
それぞれに押し出し加工がしっかりと施されています。

走るいのししを木立の向こう側と手前に配置してあるので
平面的な画面にぐっと奥行きと動きが感じられますね。
金のラインで仕切られた赤と白の対比も鮮やかで
12枚並んだ年賀状の中でもとりわけ目をひく1枚です。
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2011年02月15日

1911年の年賀状・その6

1911 5/12

12枚組の年賀状の5枚目です。
黒っぽく見える富士山は金色で印刷されています。
スキャン画像なので光沢がまったく再現されていません。

画面は冨士、空、たなびく霞、松で大胆に分割されています。
それぞれがくっきりとした単色で塗り分けられており
冨士の金色とあいまって非常に明るく華やかな感じがします。
干支のいのししを黒一色で配置し、冨士の山裾には
その足跡に模して年賀の言葉が書かれています。
単純な構成ですが、版ずれを思わせるような松の緑の配置で
松林に奥行きと動きが感じられます。
はっきりとした原色を組み合わせつつお互いが喧嘩しないように
要所要所に配置した白のバランスの良さも見事です。
また、しっかりと浮きだし加工も施されており見ていて飽きがきません。

それにしてもこの配色。空を横切る三本のラインというのも大胆ですが、
そこにこの赤を持ってくるとは…。真似できません、脱帽。

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2011年02月10日

1911年の年賀状・その5

1911年 4/12

12枚組の年賀状の4枚目。
グレイに見える地色は銀色です。スキャン画像なので
再現できないのですが、落ち着いた光沢があります。
幅の細い横縞が一面に入っていますが、このラインは
印刷された線というより細かい破線のくぼみのように見えます。

1911年 4/12拡大

そこに光沢のある銀色がくぼみ部分を残すように印刷されているので、
織物のような質感があります。
使われている色数も少なく、絵柄も七福神ですからパッと
目立つものではないのですが、この地の凝り方には感心させられます。
扇面のウグイス色の部分にも浅いエンボスの破線がはいっていて、
こちらはすっかりぬりつぶされています。

1911年 4/12拡大

ところでこの七福神、車座になってのんびりくつろいでいるところが
なんともいえません。
布袋様の後頭部と恵比寿様の膝に手をついた後ろ姿がかわいいです。
地味なようでじんわりと捨てがたい魅力のある絵です。
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2011年02月09日

1911年の年賀状・その4

1911年 3/12

12枚組の年賀状の3枚目です。
背景は美しい金色ですが、画像スキャニングでは
その光沢を再現できませんでした。
金地に白雪をいただく紺色の富士山を大胆に配置し、
手前に4個の置物が描かれています。裏面を見ればおわかりのように、
白雪と置物部分は浮きだしになっています。

置物と書きましたが、むしろおもちゃですね、たぶん。
見たところ竹製の台の上に人形が乗せられていて、台の裏に
竹の小棒が赤いひも(ゴムバンド?)で止められているようです。
4つのおもちゃは側面、裏、表とさまざまな角度から
画面に散らばるように描かれていて、動きを感じさせます。
赤いひもが元に戻ろうとする力で竹の小棒が180度回転し竹の土台ごと
人形がぴょんとはねるということではないでしょうか。

乗せられている人形は右が武者、その左が干支のイノシシでまちがい
ないですが、左側の2つがわかりません。
裏向きになっているものは人形自体が見えないのでしかたないとして
一番左手前。これはなんでしょうか。
おもちゃの真上からみた図柄なので、私はこれは雑兵ではないかと
思っています。雑兵って、こんな感じです。↓
http://blogs.yahoo.co.jp/dodohey41/archive/2010/8/2
黒い丸が雑兵の傘を上から見たところと思えるのです。

いずれにせよ、竹の裏表の色も鮮やかで楽しい絵柄の一枚です。


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2011年02月08日

1911年の年賀状・その3

1911年 2/12

12枚組の年賀状の2枚目。前回御紹介した花づくしのものとは
打って変わって力強いデザインです。
1911年の干支のイノシシ親子が画面いっぱいに描かれています。
使われている色は紺一色で、印刷というよりは
スプレーで吹きかけたように見えます。
というのもこのイノシシは浮きだし模様になっていまして、
その凹凸にあわせるようにグラデーションができているからです。
かなり強く浮きだし加工がされているのは裏面の
画像を見ていただけばおわかりかと思います。
また大まかな凹凸だけでなく、毛筋の一本一本まで細かく
浮きだしています。その様子は下の拡大画像でごらんください。
それにしてもこれほど紙面に凹凸があると、
実際に使う時にはかなり文字が書きにくそうですね。

1911年 2/12拡大
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2011年02月06日

1911年の年賀状・その2

1911年の絵はがき

展示用にパネルに並べた絵はがきの写真です。
色鮮やかでデザインもさまざま、バリエーションに飛んでいます。
特徴的なのは色の鮮やかさ。金色や銀色も使われており
新年らしいめでたさがあふれています。

一枚ずつ御紹介していきますが、スキャン画像なので
金や銀の光る色はまったく再現できていません。
今回御紹介するのは、最初に載せた写真の右下のものですが
写真と比べていただければ一目瞭然です。残念ながら背景の金色は
ずっと暗い色になってしまっていることをご了承のうえご覧下さい。

1911年 1/12

格子の入った金地に季節の花をあしらった色紙を配置したデザインです。
オーソドックスな柄ですが、かわいらしさと華やかさが同居したデザインは
女性好みではないでしょうか。
下は同じハガキの裏側です。「郵便はかき」の文字が右から左に書かれていることと
「はがき」ではなくて「はかき」なのが時代を感じさせます。
また「carte postale」とフランス語で書かれています。
英語でないのはなぜなんでしょうね。

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2011年02月03日

1911年の年賀状・その1

tutumi.jpg
これは1911年の年賀状を包んでいた包み紙です。

昨年の記事になりますが、2010年11月17日付けの朝日新聞秋田県版に掲載された記事です。
http://mytown.asahi.com/areanews/akita/TKY201011160431.html
このページをいつまで見ることができるのかわかりませんので、本文をここに引用します。
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『100年前の年賀絵はがき、美郷町の民家で発見』

美郷町六郷の民家から、100年前の年賀用絵はがきが見つかった。干支(えと)のイノシシなどがデザインされたカラー刷りで、12枚1組になっている。年賀郵便の取り扱いが始まって10年たち、年賀状が一般的になったころのもの。11月末まで、美郷町六郷の「小西堂」で展示している。

 1911(明治44)年の年賀用絵はがきは、秋田市の小西一三さんの実家で見つかった。秋の初めごろ、妻の由紀子さんが蔵にある古い本棚の引き出しを開けると、白い縦長の包装紙があった。中にはイノシシや富士山、七福神が描かれた絵はがきが入っていた。

 包装紙には1911年のカレンダーが書かれ、「十二枚一組 三十銭」「東京丸の内 報知社代理部発行」「東京芝新堀 日本葉書倶楽部製」と印字されている。由紀子さんは「1911年という年を見て、びっくりした。大胆な表現でユーモアもある。今でも十分、使えると思います」と話す。

 郵政資料館(東京都千代田区)によると、手紙で新年のあいさつをする風習は、平安時代にはすでにあったとみられる。11世紀の学者、藤原明衡(あきひら)の書簡文例集「雲州消息(うんしゅうしょうそく)」に、年始のあいさつが登場する。

 1871(明治4)年、近代郵便がスタートし、2年後には郵便はがきが発行される。明治20年代になって年賀の郵便物が増え始めたため、1899年、前年末に投函(とうかん)して元日に受け取る「年賀特別郵便」のサービスが一部の地域で始まった。私製はがきが認められるようになったのは、翌1900年だ。

 郵政資料館の永嶋里佳学芸員は「絵はがきは日露戦争(1904〜05)のころブームになり、書店や文具店、和紙店などでもつくっていた」と話す。

 1911年は、東京に日本初の洋風劇場である帝国劇場ができ、「元始、女性は太陽であった」という発刊の辞で知られる文芸雑誌「青鞜」が平塚らいてうにより創刊された。海外では、清(中国)で辛亥革命が起き、キュリー夫人がノーベル化学賞を受賞した年でもある。

 2011年用の年賀はがきの販売は今月1日に始まった。年賀郵便の引き受けは、12月15日からになる。

 「小西堂」は土日祝日のみの営業。午前10時から午後4時まで。

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引用終わり。年齢なんかははしょっちゃいましたが。(笑)
というわけで、珍しい年賀ハガキを見つけたのですが、なかなかに美しいハガキたちなので画像を順次ご紹介したいと思います。
まず最初ということで、この12枚をくるんでいた包み紙の画像をアップしてみました。クリックすると大きな画像が見られます。
posted by ゆきこ at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 1911年の年賀状